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【音楽】玉置浩二、絢香とデュエット♪映画「天間荘の三姉妹」主題歌に決定

聴きたい!
玉置 浩二(たまき こうじ、1958年〈昭和33年〉9月13日 - )は、北海道旭川市出身のミュージシャン・俳優。ロックバンド『安全地帯』のボーカリスト。日本コロムビア所属。 北海道旭川農業高等学校中退。身長177cm。血液型はA型。妻はタレント・女優の青田典子。
87キロバイト (8,070 語) - 2022年9月7日 (水) 05:31



今年、ソロデビュー35周年を迎えた玉置浩二が、映画『天間荘の三姉妹』の主題歌として書き下ろし、絢香と歌唱した新曲「Beautiful World」を10月19日(水)にリリースすることが発表された。


この世界の片隅に』の製作スタッフが贈る、映画『天間荘の三姉妹』は、天界と地上の間にある不思議な街・三ツ瀬を舞台に、臨死状態に陥った魂が疲れを癒して、肉体に戻るか、そのまま天界へ旅立つかを決めるための温泉旅館「天間荘」で働く三姉妹(のん、門脇麦大島優子)の物語。自らも客として訪れたたまえ(のん)が笑い泣き怒り悩みながらも成長していき、お客様や街の人々、そして自らの魂をも癒していく感動作。



玉置浩二さんの声しか考えられない」という映画サイドからのオファーにより、映画を観た玉置浩二がこの作品に感銘を受け絢香との歌唱を提案したことから実現した「Beautiful World」は、二人のヴォーカリストの魂の歌声が重なりあい誰もが心を震わす楽曲。また、作詞は絢香、編曲は、映画の劇伴も務める松本晃彦が担当し映画の世界観にも非常に寄り添った楽曲に仕上がっている。

本日・9月9日(水)に公開された映画の予告編でも楽曲の一部が試聴できる。

映画予告編

玉置浩二


(出典 news.nicovideo.jp)

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YOSHIKI、自作ブランド新作シャンパンで「世界に私達がいることを祝っては?」「生きていることがもう素晴らしい」


YOSHIKI(よしき、1965年〈昭和40年〉11月20日 - )は、日本のミュージシャン、ドラマー、ピアニスト、マルチプレイヤー、ソングライター、音楽プロデューサー。 ロックバンドX JAPANのリーダーであり、映画、テレビ、アニメなど様々な作品の音楽コンポーザーも務める。本名は林 佳樹(はやし
153キロバイト (20,345 語) - 2022年8月23日 (火) 20:10



X JAPANYOSHIKIが30日、都内で開催された『Y by YOSHIKI×CHAMPAGNE POMMERY』発表記者会見に出席した。会見ではワインブランド「Y by YOSHIKI」と、世界的シャンパーニュブランド「POMMERY(ポメリー)」が共同開発し「Y by YOSHIKI×CHAMPAGNE POMMERY」を9月1日に発売することが発表されたが、会見中に「生きていることがもう素晴らしい」と述べたYOSHIKI。また今年5月に他界した母親に「できれば生きているうちに“世界”というものをプレゼントしたかった」とも口にした。

「Y by YOSHIKIブランド史上初となるシャンパーニュについて「一言で言うとエレガント。まろやか」と表現した壇上のYOSHIKI。この話が持ち上がったのは数年前で2019年には具体的なやり取りを始めたというが、会見では2021年11月フランスシャンパーニュ地方のPOMMERYを訪れたYOSHIKIが契約書にサインをする様子が映像で流された。POMMERYとの取り組みに「本当に光栄です」というYOSHIKIだが、パリには行く機会がよくあるものの「シャンパーニュまで足をのばすことはあまりなかったので、いろいろと勉強にもなりました」と振り返った。

ワインもそうですが、ブレンドで相当味が変わるので、ブレンドにはすごくこだわります」とYOSHIKI。『Y by YOSHIKI×CHAMPAGNE POMMERY』を完成させるために「世界中の高級シャンパンを飲みまくりました。僕のシャンパンとどのように味が違うのか」と研究に没頭したそうだ。そして「何度もミーティング、テイスティング」を経て、「とてもテイストには自信があります。自分が今まで飲んだ中で一番美味しいシャンパンだと思います」と胸を張れるシャンパンが出来上がった。さらに「すごく飲みやすいです。ここは強調したいですね。ここまで飲みやすいシャンパンが出来た自分、そしてPOMMERYさんの努力によくやったなと思います」と感慨深げだ。

もちろん中身だけではなく、「パッケージとロゴにもすごくこだわりました。『ここまでこだわるの?』というぐらいこだわりました」と明かしたYOSHIKI。その反射や光沢にも妥協しなかったそうだ。

そんなシャンパンYOSHIKIはどのようなときに飲みたいか聞かれると「何かセレブレイトしたいときですね。記念日や誕生日シャンパンで祝うことが多いじゃないですか…」とのこと。近いうちにその予定はあるか問われると「生きていることがもう素晴らしいことだし、自分の人生に感謝したいと思います。素晴らしい友人、素晴らしいファンがいます。毎日シャンパンを飲むということではないんですが、世界に私達がいることを祝ってはどうでしょうか?」と提案した。また「とても飲みやすいシャンパンなので、ディナーの前とか日常に取り込んでいただけると嬉しいです。僕だったら週に何回かディナーのときに飲みたいと思います」とも語った。

また質疑応答の中で海外へ挑戦したいと考えている人へのアドバイスを求められると、YOSHIKIは「グローバル化している中でもっともっと日本の皆様もチャレンジしていいと思います」とエール。そして「僕も決してまだまだ成功したと思えないんですが、チャレンジ精神は大事かな。僕は先日母親を亡くしてしまったんですが、できれば生きているうちに“世界”というものをプレゼントしたかった。間に合わなかったですけど、これからでもいつか『世界で頑張ったよ』って言える日が一日でも早く来るように頑張りたいと思います」と前を向いた。

改めて「まろやかさやエレガントさは世界一だと思っています」と述べたYOSHIKI。同シャンパンは全世界で発売する予定。それに先駆けて日本では9月1日に発売となる。 
(TechinsightJapan編集部 取材・文:関原りあん)

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(出典 news.nicovideo.jp)

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矢沢 永吉(やざわ えいきち、1949年(昭和24年)9月14日 - )は、日本のロックミュージシャン。広島県広島市仁保(現:南区)出身。身長180cm、血液型はB型。 愛称は「永ちゃん」「ボス」。 ファンが熱狂的であることで知られている。2006年には、NHKスペシャルにて矢沢本人ではなくファンにスポットを当てた番組が放映された。
186キロバイト (19,787 語) - 2022年8月29日 (月) 00:31

(出典 pbs.twimg.com)


夢の共演ですね!

1 muffin ★ :2022/08/28(日) 22:08:42.39ID:CAP_USER9
https://www.sponichi.co.jp/entertainment/news/2022/08/28/kiji/20220828s00041000719000c.html
2022年8月28日 22:00

 矢沢永吉(72)のデビュー50周年記念公演が28日夜、前日に引き続き東京・国立競技場で行われ、サプライズゲストで人気ロックデュオ「B’z」が登場した。一切告知されていなかったゲストのため、6万人の大観衆は驚きと歓喜の絶叫。矢沢は稲葉浩志(57)と肩を組みながら「ファンキー・モンキー・ベイビー」など2曲を歌い、日本ロック史に残る伝説の夜となった。(阿部 公輔)

 前日の猛暑とは打って変わり、涼しい風が心地よいライブ中盤過ぎの午後7時20分過ぎ。矢沢は自身を代表する攻撃的ロックナンバー「黒く塗りつぶせ」の歌唱中、一呼吸置くと「昨日MISIAが来てるのに、2日目(ゲストが)誰もいないのまずいんじゃないの。凄いゲストが来てくれてます!B’z松本、稲葉!」と突然紹介。

 信じられない名前に客席が騒然とする中、ギターの松本孝弘(61)とボーカル稲葉浩志が笑顔で登場。矢沢と両手でしっかりハグする姿に“声出し禁止”を守ってきた6万人の大観衆から悲鳴のような大歓声。そして松本がドライブ感満点のギターをかき鳴らし、稲葉のハイトーンボイスが飛び出すと、歓喜の絶叫に変わった。

 これ以上驚きのゲストがいるだろうか。夜空を貫く稲葉の強烈なハイトーンボイスに、10曲以上歌って塩辛くザラついてきた矢沢の重厚なボイスが掛け合う姿は、現実とは思えない夢のシャウト。目の前で「伝説」が生まれている瞬間だった。

 B’zは2011年に米バンド「リンキン・パーク」のライブに参加、13年に「エアロスミス」と共演ライブをやったことがあるが、日本人アーティストとは初めて。サプライズでゲスト参加したことは一度もない。

 しかも、この名実ともに“ロック界最強”の組み合わせはこれだけでは終わらなかった。「これだけのメンツが集まって、もう一曲いこうか!」と言うと、あの軽快な8ビートのギターが聞こえてきたのだ。日本ロック史に残るキャロル時代の名曲「ファンキー・モンキー・ベイビー」。楽しそうにギターをかき鳴らす松本と、矢沢と稲葉が肩を組み「君はファンキー・モンキー・ベイベェー!」「楽しい 君といれば!」と歌い合う姿は、その歌詞の言葉そのものだった。

 稲葉の「50周年おめでとうございます!」の言葉に、矢沢は「ずっと朝までやろうぜ!」と喜びを爆発。稲葉の「永ちゃん!」の声が夜空に響いた。

 一切告知なしのサプライズに客席の興奮は収まらず、矢沢は「僕はハプニングが好きなんだね。幸せです」と満足そうな笑顔。本編ラストでは目に熱いモノが込み上げてきたのか、後ろを向いてしばらく歌えなくなる場面も。すると歌詞も飛んでしまい、これには苦笑い。客席が代わりに歌って助けていた。

 「たまんねえよぉ!俺、幸せ。人生で音楽以外のこともいろいろトライしたけどダメだった。でもダメでもいいんだよね。何か一つもらえたら、こんな感謝はない」

全文はソースをご覧ください


(出典 www.sponichi.co.jp)

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代替テキスト
マカレの代表・平野さんと、娘で藤井とCDを制作した千里さん(写真:田山達之)

沢田研二の『勝手にしやがれ』で、曲のラストでは、華麗に帽子を客席に投げ入れました。あとで、その帽子について、『うちのおかんが100均でぎょうさん(たくさん)買うてきたからだいじょうぶ』なんて話してました」



同じくライブを主催したのが、里庄町でステージがある一軒家レストラン「マカレ」。代表の平野智子さん(61)も、藤井の魅力を「ギャップ」だと語る。

「私が初めて風くんのライブを見たのは町内のお寺の本堂で、“終活セミナー”とライブセットになっていました。終活のイベントですから観客も60代以上で、80代のおばあちゃんもいました。


トーク
では、『今日はわしのキーボードの調子が悪いけ』なんて例の朴訥な語りで、特に話し上手とも思いませんでしたが、いったん曲が始まると、とにかくピアノも歌も最高で涙ぐんでる人もいて。

最後には、風くんが立ち上がっただけでおばさんおばあちゃんが『キャーッ』ですよ。その光景を見て、ぜひうちの店でもライブをしてほしいとお願いしたら、二つ返事で承諾してくれたんです」


ワンドリンク付き1千500円で60分のステージを、藤井は、まさしく全力で駆け抜けた。当時の彼の手書きセットリストが残っていた。『魅せられて』『UFO』『Yesterday』『幻想交響曲』『有楽町で逢いましょう』『赤いランプの終列車』……。

「まさに昭和歌謡からクラシックまで。いつもビートルズが入っていたのは、お父さんの影響でしょうね。曲の合間では、郷ひろみさんの顔マネをしてみせたりも。

すでに、YouTubeでのファンもいて、関西や九州やさらに海外からの観客もいました」


ステージを終えると、観客のお見送りも。

ライブの興奮を引きずった女性ファンに玄関で突然ハグされて、風くんは固まってましたけど(笑)。今じゃ、ありえない光景ですよね」

■20歳前後になって回覧板を持ってきて世間話。町内の女性たちは皆、「風くん、かわいい!」

父親が営んでいた実家の喫茶店ミッチャムが、惜しまれながら閉店したのは昨年9月。訪れたファンたちは、店頭のこんなメッセージを目にすることになる。

「昨年より様々な状況が激変してしまい、又、寄る年波にも勝てず閉店することとなりました。ミッチャム 藤井○○」


「ミッチャムは、ビートルズが流れているような、昔ながらの喫茶店。町内の総会などでも使わせてもらっておったよ。コロナ以降、休業が多いと思っていたら、閉店となってしまったがね」

ミッチャムにも近く、藤井一家とも交流があったという近所の商店のご主人は語る。

「とはいえ、上のきょうだいの空くん、海さん、陸さんとは違い、風くんの本当にこまいとき(小さなとき)は、ワシはよう知らんのよ。ほら、彼は学校から帰ったら、毎日ピアノの練習をするんで、すぐに家に入っておったから。

でも、その後はうちに買い物に来てくれたり、近くの団地のイベントで歌ってくれたりで、よく話すようになったんじゃよ。


つくづく凄いと思うのは、ピアノも誰か有名な先生についたんじゃのうて、お父さんと勉強して身につけたこと。英語も、『おとんに習った』と言っておった。わが町の天才じゃ(笑)。指を見せてもらうと、クモの足のように細い。あれじゃ、なんでも弾けるわ」

最も記憶に残るのは、意外だが、ふだんの藤井の姿という。

「町内の回覧板を持ってくるのが風くん。普通、20歳前後のコは、そんな役目はせんじゃろ。そもそもワシはYouTubeも知らんから、高校を出たはずなのに、このコは家におって何をしとるんじゃと思っておったのよ(笑)


いちばん驚いたのは、回覧板を届けて終わりじゃのうて、10分も20分も世間話をしていく。それもワシとだけじゃなくて、家内ともパートおばさんたちとも。だから、もう、女性たちみんなが口々に『風くん、かわいい!』なんて言いだしておったから(笑)

あのゆったりとした里庄弁の話し方も、お父さんゆずりじゃね。あれこそ、人を惹きつける最大の魅力だと思うんじゃが」

年の離れた末っ子として、家族の愛情に包まれた里庄町での生活が、たしかに藤井風という人の根っこにある。

近所の商店のご主人は、こんな秘話も打ち明けてくれた。


「風くんが’19年春に東京に行くというとき、ワシは心臓を悪くして手術も決まっておった。そのとき、風くんから『手術をちゃんと受けて元気にならにゃいけんで』とLINEが届いた。ワシの闘病と、彼の上京後の頑張りがちょうど同じ時期だったので、ワシはきつい治療にも耐えられた。風くんも、こんな田舎町から出ていって、本当に大スターとなった。

そして今、風くんのファンたちがワシに『長生きして、風くんの話をずっと聞かせてください』と言ってくれる。風くんが有名になって、ワシは10歳も若返ったよ(笑)

それでも、「大スター」となった孫のような藤井に迷惑をかけられないと、自分からLINEをすることは控えていると話した。

もう一つ、ご主人はじめ故郷の誰もが口を揃えて言った藤井への伝言を最後に記したい。風くん、いつかまた、里庄町でライブを!


■聖地をたどって訪れたのは「つばきの丘運動公園」。風のような歌声がゆったりと流れて

町役場、マカレ、ミッチャム、近所の商店など、ファンと同じように里庄町での藤井風ゆかりの聖地をたどって、最後に訪れたのが「つばきの丘運動公園」だった。

町を見下ろす高台にあり、ここの管理棟の一角にも、藤井風コーナーができている。ちなみに、藤井自身も、この公園を訪れたときの動画をアップしており、ファンにはおなじみの場所。

ここで、毎日数回、定時になると、藤井風や前出の千里さんの曲などがスピーカーから流される。

「’20年春から始まりました。これも、町からの『コロナで沈みがちなみなさんの気持ちを、風さんら地元出身のミュージシャンの音楽で少しでも癒していただこう』との願いが込められています」(前出・樋之津さん)

訪れたのは、午後3時ごろ。この猛暑のなか、数人のファンが、藤井の『風よ』に静かに聴き入る姿があった。

緑濃い山々を背景に、小さな町を慈しむように渡っていく一陣の風ーー。




愛と優しさにあふれた藤井風の音楽を生んだのは、きっとこんな原風景に違いないと、誰しもに思わせる豊穣な時間が流れていた。彼の語り口のようにゆったりと。



(出典 news.nicovideo.jp)





藤井風(ふじい かぜ、1997年6月14日 - )は、日本のシンガーソングライター。身長181cm、血液型はB型。 岡山県浅口郡里庄町出身。4人兄弟の末っ子として生まれる。3歳からピアノを習いジャズ・クラシック・ポップス・歌謡曲・演歌など、あらゆる音楽を聴いて育った。
74キロバイト (7,439 語) - 2022年8月20日 (土) 17:50




素敵なエピソードです。飾らなさはそのままで。罪の香り、は郷ひろみさんみをすごく感じると思ってました。


【藤井風のデビュー前秘話 町のコンサートでおばあちゃんたちを熱狂させて♡後編】の続きを読む


代替テキスト
町役場を表敬訪問した際に贈られたサイン入りCDには藤井の大切にする「愛」と「優しさ」にワードが(写真:田山達之)

「7月半ばまでは、役場の風さんへのメッセージノートにも、コロナの病状を心配する書き込みが目立ちました。今は回復しライブ活動も再開されたようで、7月21日のお隣の広島でのコンサート後には、ここ里庄まで足を延ばしてみたというファンの方も多くいらっしゃいました」

里庄町役場・企画商工課の樋之津公祐さん(33)が語る。

岡山県の南西部に位置する、緑豊かな里庄町は、シンガーソングライター藤井風(25)の生まれ故郷だ。


『何なんw』『きらり』などのヒット曲や、投稿した演奏動画のYouTubeでの総再生回数が約5億回。昨年末には『紅白歌合戦』にサプライズ出場し、さらに自身の提供した楽曲を歌う大トリのMISIAバックもつとめ、39.2%という瞬間最高視聴率を叩き出す立役者の一人となった。桑田佳祐稲葉浩志もファンであることを公言しており、今、最も注目されるアーティストだ。


もともとメディアへの露出が少ないこともあって、その素顔に少しでもふれたいと、彼がデビュー直前まで暮らした里庄町を訪れ、出演していたライブレストランミュージックビデオにも登場する場所などを“聖地巡礼”するファンが急増中だ。


「里庄町としても、10代のころからこの地で音楽活動を続け、ずっと故郷への思いを大切にしてくれる風さんを応援したいと“藤井風コーナー”を作りました」

役場に入ってすぐに目に飛び込んでくるのが、町のキャラクター“里ちゃん”などと共に飾られたサイン入りポスターや色紙などの貴重な藤井風グッズの数々。

ふるさと納税でも、風さんのおかげで“里庄町”のワードでの検索が増えて、寄付額は’19年度には2700万円弱だったのが、’21年には2億円を超えました」

町長室を訪れると、「♡愛してる里庄町♡」「優しさ♡」と両面にサインされたCDや、町内に掲げられていた「祝・文部科学大臣新人賞 受賞」の横断幕のミニチュアなどの前で加藤泰久町長(62)が、


「わが町は、人口も1万1千人ほどで、面積もわずか12平方キロmという、これといって観光の目玉もない小さな町ですが、風さんファンと町民の交流も生まれて、町全体が元気をもらっています」

藤井が、この出身地の役場を表敬訪問したのが’20年夏。

「気さくで、飾らない人柄は、昔も今も変わりません。音楽はもちろん、そんな人間性をみんなが好きなんだと思います。

この町らしく、風さんの本業を邪魔しないように、自然体で応援していこうと思っています」


■昨年の『紅白』では里庄町からの生中継と思わせる演出に、近所の人が実家に駆け付けた

昨年末の『紅白』の際には、もしや里庄町からの生中継かと思わせる場面もあり、町はにわかに盛り上がったという。

「多くの近所の人が、家を飛び出して彼の実家へ駆けつけたそうです。実は東京の会場にいたという巧みな演出でしたが、あの大舞台で“里庄町”の名前が出たことは町民の誇りとなりました」

小さな町の名前と、緑色のモコモコのスリッパ姿を強烈に印象づけて終わった『紅白』だったが、これを機に里庄町への訪問者が急増するきっかけともなった。

サインにも「愛してる」と書き添える、大好きな故郷の町が注目されることを、藤井自身も喜んでいるに違いない。


そんな「愛」と、シングルのタイトルともなった「優しさ」に貫かれた藤井風の音楽に、日本だけでなく世界中の人が癒されている。

「僕がみんなの前で歌うことが、何かの役に立つなら」


彼が、かつて町の音楽仲間に語った言葉だ。

その原点を探しに、ゆかりある場所と人を訪ね歩いてみた

■昼休みに流行っている曲のリクエストがあれば、その場で弾き語りをしてくれた

「ひと言でいえば“変な人”。あっ、ユニークなキャラという意味ですよ(笑)小学校時代は、音楽というより、おもしろい男子のイメージ。架空のお笑い芸人になりきって、オリジナルのネタで教室中を笑わせていました」

共に公立小・中学校へ通ったという同級生は語る。

’97年6月14日、里庄町で喫茶店「ミッチャム」を営む両親のもとに生まれた藤井風。4人きょうだいの末っ子で、兄でミュージシャンの空とは13歳も年が離れていた。


《わしのずーっと近くにおったのがお父さんだったんで。子育てはほぼお父さんみたいな感じだったんですね》(『MUSICA』’22年5月号より。以下《 》内同)

3歳でピアノを始め、小4でオリジナルを書き始めたのも、ミュージシャン志望の父親の影響だった。12歳のとき、やはり父親の「これからはYouTubeの時代だ」という勧めもあり、実家の喫茶店のピアノで弾き語りなどをして、カバーの配信を始めた。

中学では、一時、バスケット部に在籍したが、やがて再び音楽中心の生活に。前出の同級生は、早くも小学校高学年のころには、「ピアノの上手な風くん」のキャラができあがっていたと話す。

「卒業式などのピアノ伴奏は自然に風くんの役目だったし、昼休みに当時流行っていた『青山テルマが聴きたい』とリクエストすれば、その場で弾き語りしてくれました。絶対音感があるから、どんな曲も即興で再現できたんですね。

あと、教室でサインの練習も熱心にしていて(笑)。今、書いているサインは、当時からほとんど変わっていないんじゃないかな」


中学卒業後、地元では難関校とされる岡山県立岡山城東高校(岡山市中区)の音楽専門コースへ。音楽漬けだったという高校活を経て、就職や大学進学はせずに、自分なりに将来、音楽で生きていく道を模索する日々が始まる。

具体的には、曲作りをしながらの、地元の夏祭りや高齢者施設などでのコンサート活動だった。

【後編】シンガー藤井風のデビュー前秘話 町のコンサートでおばあちゃんたちを熱狂させてへ続く



(出典 news.nicovideo.jp)

藤井風(ふじい かぜ、1997年6月14日 - )は、日本のシンガーソングライター。身長181cm、血液型はB型。 岡山県浅口郡里庄町出身。4人兄弟の末っ子として生まれる。3歳からピアノを習いジャズ・クラシック・ポップス・歌謡曲・演歌など、あらゆる音楽を聴いて育った。
74キロバイト (7,439 語) - 2022年8月20日 (土) 17:50


某雑誌に出ていた内容でしょうか。風さんの現在の活動のルーツとも言える逸話です。ライジングサンが記憶に新しいですが、速攻耳コピの才能は蓄積されてきたものというのが納得です。あの大観客の目の前で魅せつけられたパフォーマンスは、弛まぬ努力の一つであり、まだまだこれからももっと魅せてくれることでしょう。



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【物議】ワンオクTaka サマソニで声出し煽り、ガーシーとコラボ…相次ぐ“ 暴走”にファンは戸惑ってしまう


ONE OK ROCK (ワンオクからのリダイレクト)
ワンオク』『OOR』が用いられる。また数字では「10969」と表現される。なお、海外においてはRとLの発音の違いなどから「OKROCK (オーケーロック)」と書いて「o'clock (オクロック)」と読ませることは難しいので、「ワンオーケーロック(One Okay
99キロバイト (9,603 語) - 2022年8月22日 (月) 13:15


いろいろ壁を破りたいのでしょうが、ワンマンならまだしもフェスでするから物議もあるかもしれません。世界的な視点で考えれば確かに変えてゆく必要はあるかもしれません。

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(写真:時事通信

現在、ONE OK ROCKTaka(34)が、出演した音楽フェスSUMMER SONIC2022』で観客に向けて声出しを煽っている動画が拡散されている。最近のTakaの行動を含め、ファンの間で波紋を広げている。

物議を醸しているのは、8月21日ZOZOマリンスタジアムで行われた『SUMMER SONIC2022』でのONE OK ROCKステージ。同フェスは公式サイトに掲載されているガイドラインの中で「大声・歓声禁止」としているが、現在ネットを通して拡散されている動画でTakaは「前のアーティストがあんだけ声出していたから、もういくら出したって関係ねえだろ」とした上で、こう力強く宣言した。

「俺は今回のこの夏フェスの前に、どのフェスも出禁覚悟でやってるからお前ら覚悟しとけよ! という宣言をして参りました。謝るから俺が、最後もし怒られたら。お前らひと夏の思い出、最高の思い出にして帰ってくれよ! よろしくお願いします」

このTakaの宣誓に対して、観客は大歓声で応答。またTakaは“声出し”に対して「きっとこの中には『やめて』って思っている人もいると思うんだよね。ごめんね。でも、これが俺らのやり方なんだ」と発言。続けて「嫌だったらさ、なんかこうちょっと息する回数とか減らしてみたら? 冗談です」とも話していた。

さかのぼること6月23日Instagramライブ配信で“フェス出演”について「とにかく、俺は煽るよ。煽るけど、反対の意味だと思って、みんなは」と明かしたTaka。さらに「しょうがねえじゃん、ロックバンドなんだから。言わせてよ。久々なんだから」とも語っていた。

ロックだから。俺たちのやり方だから」との理由で、“歓声禁止”の音楽フェスで観客の声出しを煽ったTaka。しかし、ネットではそんなTakaの行動に賛成する人もいるいっぽう、厳しい声が上がっている。

《ワンマンなら正直何やってもええ(ご時世的によくはない)けどさ、他のバンドは運営のメンツとか自発的に感染防止とか考えてる中、コレほんとダサい》
《ワンマンであれ言ってるなら全然いいけど感染対策で声出すなってガイドライン設定してるフェスでやってるのがかなりきついわ》
《出禁になる覚悟でフェス出るとか完全にそちら側の勝手》

また最近のTakaといえば、NHK党の“ガーシー”こと東谷義和議員(50)との交友も注目を集めている。

Takaさんは今年4月、自身の誕生日を迎えた際、インスタライブガーシーさんについて『彼は俺の中ではまだ友達だから。賛否両論あると思うけど』とコメント。6月にはガーシーさんのYouTubeチャンネルに電話で生出演し、『これからも堂々と連絡を取り合いたい』と伝えていました。

そして今月10日、ONE OK ROCKインスタライブTakaさんは『まだやっぱり、彼の本来のすごい優しい感じの人間性はまだ知らない人がたくさんいるからね』とガーシーさんを称賛。その後、ガーシーさんも配信に参加し、和気あいあいとしていました」(芸能関係者)

フェスでの煽り、そしてガーシーとのコラボーー。Takaの“暴走”に対して、SNS上で戸惑いの声を上げるファンも少なくないようだ。

TakaのMCびっくりやー。最近のガーシー関連のでも色々思うことはあったけど。どんどんなんか、、なんか違う、、、みたいな感じになってる》
《周りに止めるメンバーはいなかったのかな。音楽は本当に大好きなのに、Takaガーシーに執拗に媚び売ったり、たまにこうやってカッコ悪いこと言うせいで、だんだん気持ちが冷めてしまった》
ワンオクTakaガーシーインスタライブコラボしたりするし、どんどん変な方向に進んでいる気がする》
ワンオクtaka)は最近やってることがめちゃくちゃ》



(出典 news.nicovideo.jp)

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